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あり得ない現実【実家猫ムーたんの闘病記7】 

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それは

突然の出来事だった。

僕は朝、起床後5分以内に全裸になり体重を測る。

それが1日のスタート。

全裸になり体重を測った。

ポーチーの闘病が始まって4kg痩せた。今の1ポーチーより多い重さ!

その重さ全部ポーチーにいけよ!!!まったく!

とか意味のわからないことを考えながら着替えの準備をしていると

母親からの電話が鳴った

電話の向こうから泣き叫ぶ母親の声が聞こえた

どうした!??!?!何があった!?何!?

僕が問うと

「・・・・・・

ムーたんが

死んじゃったあぁ」

聞いたことのない親の悲痛な声に絶句した

かける言葉が見つからない

え?

え??

それしか言えない

えっと、え?

どういうこと?

母親に続けて問うも

「今から病院に行って迎えに行ってくる、家に帰ってきたら会ってあげて」

え?

え???

完全に思考が停止した

一体何が起きたのか、わからない

聞き間違いか?なんか変な夢でも見てるか?

全裸の状態で数十分、突っ立って考えた。

いや、きっと、これ以上に両親は何も整理がついていないはずだ

何が起きたのか

父親からも連絡があった

ムーたん(本名:村松くん)が、亡くなりました。

あまりに突然すぎる出来事でした。

しかし、本当に、亡くなりました。

つい先日、あんなに元気そうに、回復したね!と喜んでいたはずなのに

今は、もう、いない

両親もつい昨日まで「帰ってきたらインスリンだ〜!練習しなきゃ!」と、未来の話をしていた。

退院早くなるといいな、でもしっかり治ってから退院がいいから、元気になってからだね!

と、ただひたすら前向きに、話していたのに

ムーたんは、なくなってしまった

僕も、闘病中であるポーチーのお世話を段落つけて、体調の安定を確認し、実家へ向かうことにした。

ポーチーも心配なので、長く外には出られない。

ポーチーも闘病中で、1秒でも長く一緒にいたい。

でも、ムーたんに会いたい。

ムーたんとは一緒に暮らしたこともないし、実家に帰っても何故か隠れてしまうのででかいのに存在感が皆無という謎の猫だった。

でも、家族だ。

”もう会えなくなる”そう思ったら、いてもたってもいられなかった。

大事な弟を失った、すんぴの様子も心配だ。

実家に帰ると・・・

めちゃくちゃ明るいテンションで父親が

村松くんの遺影どれにしよ〜〜!!!!これもかわいいな!これもかわいいな!!!!あ!ムーたんでか!!!あははは〜〜!」

と異様な明るさで写真を整理していた。もはや怖い

実家の和室でムーたんの亡骸が寝ているのに、廊下で写真をずっっっっと探している。

流石に息子だからよくわかる。今一番辛いのは父親だ。

親父はなんかイカれてるのでスルーして、ムーたんに、挨拶をすることにした。

ああ、ムーたん。

クソほどデカくて、クソほど可愛かったのに、ちょっと見ないうちにクソほどかわいいだけになってるじゃん。

痩せてスリムなムーたん、かっこいいよ。

病院で、きれいにしてもらって、オシャレまでさせてもらって、最高だね。

ああ、動いてるムーたんにもう一度会いたかったな。

僕から逃げるあの後ろ姿、最高に好きだった。

これで隠れてるつもりなんだもん。最強だよね。

父とムーたん

「ムーたーん!!!」

父がどこにいようが、ムーたんがどこにいようが、ひとたび呼べばその馬鹿でかい身体を揺さぶりなが必ず父の膝に乗ってきた。

それが父の日課だった。

「デカくなりすぎて膝折れそう」

「一緒に寝ようと思って、2階まで抱っこしたら息切れした」

ムーたんの話をしている父親は、とても幸せそうだった。

来客が嫌いで、人が来るとすぐに隠れてしまう。

しかし逃げるスピードが遅すぎる上にでかいのでまったく隠れられていない始末。

でも帰った直後に父の膝。

まるで我が家の猫たちの性格を全て足したような性格だ。

村松くん

野良猫として、保護され、我が家に迎え入れられた。

すんぴの大事な弟。

最初に来たときは、僕の手のひらに収まって、猫マスターマジックハンドでぐっすり寝ていたくらいのサイズ。

すんぴに全てのことを教わって生きてきた。

どこに行くにもついて回っていました。

「手がでかいから、多分こいつデカくなるぞ」

僕の予測通り、半年も経つころ、すんぴをヌルッと越して、デカく成長し

翌年には、兄弟喧嘩に階級制度が設けられ、「戦うと危険」と家族会議で決まり兄弟喧嘩禁止令が発令された。

地味に一緒に寝ることもほとんどなく、一緒に遊ぶことも少ない。でも、兄弟として、どこか、繋がっている感じだった。

階段の降りる音が「っとっとっとっと」ではなく

「ドテッドテッドテッドテッドテッ」というコメディの音がする。

散髪失敗した後ろ髪柄で「床屋行ったほうがいいんじゃない?」と家族にしょっちゅういじられ、キャットタワーに登るも、狭すぎて通れない場所があったり

乗ったつもりになってることもしばしば。

愛嬌たっぷりの猫で、愛情たっぷりに育てられた。

大きな病気も怪我もなく、ただただ幸せに育てられていた。

はずだったのに。

便秘から、たった数週間の出来事

一瞬だ。

ポーチーの記事でも「便秘は命に関わる」と何度も書いて「浣腸すればいいだけだろ」と何度も言われた。

しかし、対応を間違えば、こうなってしまうこともある。

事実、大事な家族が命を落としてしまった。

何度もいうが、これを病院のせいにはするつもりはない。

先生が判断した以上、現状のムーたんに対してはこれが最適解だったのだと、僕は思う。

本音を言えば「僕の行っている病院だったら」と思わないこともないが、きっとどの病院でも、同じ状況になってしまったのだと、思う。

この数日で、一体何があったのか

簡単に言ってしまえば

「容体の急変」だ

ドラマやアニメでもよく見る。

「元気だったのに、突如・・・・」

というやつだ。

完全にそれだった。

すごく良くなっていったのに、すごく突然悪くなって

朝方、なすすべなく亡くなってしまったらしい。

今、両親は、どんな気持ちなのだろう

考えることすら憚られる。

愛してやまない愛猫を、自分の手の中で看取ることもできず、別れも告げることもできず、普段過ごした、いつもの場所じゃない、知らない場所で別れてしまうなんて、

両親はムーたんの最期の姿を見て

「寂しかったかなあ」「ごめんねえ」と口々に言っていた。

「にしても変な髪型・・・」

とも合間合間に言ってたな・・・やめてやれ・・・・

僕が到着する頃には、すっかり体が硬くなってしまっていた。

「ムーたん、なんだか久しぶりだね。こんなに綺麗にしてもらって、よかったね。寂しくないよみんないるよ。両親を家族をすんぴを、みんなを幸せにしてくれて、ありがとうね。大好きだよ。また会おうね。」

はっきりとは覚えていないが最期にはこんなことを伝えた。

あとごめん「変な髪型だね」も言ったかもしれん・・・

全員が別れと、お礼と、愛の言葉を伝え、ムーたんを囲んで、みんなでムーたんとの思い出話をたくさんした。

僕の一族は大事な家族とのお別れは笑って過ごす。じいちゃんの時もばあちゃんの時も、みんなが笑顔で大爆笑。

まだそこに、いてくれてるのに、最後に見える家族の姿が悲しい顔じゃ嫌だもんね。

だからと言って全員で髪型いじりすぎだな?

と思いつつ、”最期の日常”を、届けられたらいいなと思ってる。

僕はポーチーの看病があるので、長居はできなかったが、僕が帰宅したあと

父親が突然

「ムーたんと海に行きたい!」

と言い出し、家族で海を見にいったらしい。

大好きなみんなでドライブ。ずっと家猫だったから、外の空気は美味しかっただろうな。

よかったね。

その後、ばあちゃん、両親、親戚に囲まれ

火葬も無事終え、お骨になって帰宅しました。

全てが一瞬だった

ムーたん、僕の実家に来て、幸せだったかい

僕の目線から見たら、あれ以上ないくらい、幸せな家だったと、思う。

二世帯住宅で、家もそこそこでかいし、

何より

かっこいい兄貴、すんぴがいて、愉快な両親にばあちゃん、みんながいて。

不意に帰ったらいつも過保護に布かけられてたなあ。

ムーたん「なんか掛けられました。でも気持ちいいです」

的な顔。

親戚も近所にいたりで、みんなムーたんが大好きで、たくさん可愛がってもらってたね。

最期にすんぴにいちゃんとの追いかけっこ、したかったよね

いや、でも圧倒的に負けるから、やらなくてよかったか。

あと2年くらいしたらさらに成長して父親の膝の骨折れてたかもしれなかったね。

母親が寝てる時同じ体制で横で寝てる姿はマジで人間みたいだったよ。

ばあちゃんやじいちゃんの部屋に侵入してたまに怒られてるのに、いない時はしれっと寝てるのも、全部最高だった。

きっと両親は自分たちを責めている。

でも、飼い主として

自分を責めないというのも、責任の一つだと思う。

「最高の人生だった」

と、猫が思ってくれているのに、飼い主が悲しい顔してたら、空から見た時気分悪いからね。

また、必ず、会えるんだから、その時に、気持ちよく会いたいよね。

ありがとう

きっと、また、いつか、家族になれると信じて

ムーたん、お疲れ様。

本当に、ありがとう。

SNSでもよく「村松くんが見たい〜!」と、ファンが意外といたのですが、なかなか登場させることができなくて、ごめんなさい。

もし明日、空を見上げてバカでけえええ雲があったら、それはきっとムーたんです。

運動神経皆無なので、なんかの拍子に落ちてこないように気をつけてください笑。

大好きだよムーたん!本当にありがとう。

村松くん 享年 6歳半

短すぎるよ。

それでも

最高の時間をありがとう

闘病のは記事にしています。なぜこうなったか知らない方ぜひご覧下さい。最速最短で動いたはずなのに、こうなりました。猫の病は、怖いです。

胸中

誰が先とか、誰ならいいとか、そんなものは一切ない

でも

ポーチーが余命20日と宣告されて

4ヶ月頑張って生きていて

今もまだ、横にいる。どうにか、頑張ってくれている。

それなのに末っ子ポーチーよりも更に年下のムーたんが、突如病気になって、突如・・・。

改めて、今ポーチーが生きていてくれていることも、みんなが元気でいてくれていることも、奇跡なんだ、と。

痛感した。

僕は命や、別れを理由に

「何かに気がついた」「これも〇〇なんだ」「気付かせてくれた」というクソみたいな発想が、とても嫌いだ

しかし、このタイミングで、こんなことが起きて

色々と考えざるを、

得なかった

ポーチーの闘いは、まだ続きます。

ムーたんとの別れと、ポーチーの未来の選択肢が狭まったタイミングがまさかこんなにかぶるなんて。

これが、現実なのか。

これが、生きるということなのか。

これが、命を預かるということなのか。

上手く表現できないが、僕の心のスイッチ、選択肢に何か変化が生まれた気がした。

僕は、このタイミングで、改めて

自分の闘病記を全て読み返しました

そこで色々なことに気がつきました。

細かいことはセカンドブログにまとめます。

みんなが、だいすき

ムーたん。何度でもいうよ

実家に来てくれて、ありがとう

愛してる