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やっぱり、愛猫はここにいる【ペットロスに苦しむあなたへVol.10】 

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ポーチーがいない

そんな現実をまざまざと突きつけられるようだった。

どこを見渡したって

どう考えようとしたって

そこにある事実が、そう言っている

いないんだ。ポーチーは。もう、この世にはいないんだ。

そう思うとありえないくらい、泣けてきた。

闘病中や、余命宣告の時も、辛かった。でも、そんな比じゃない。

泣き喚くような辛さというより、本当に奈落の底に落ちていくような、深い悲しみが心を襲ってきた。

家のどこにもいない

そんなの当たり前だと言われれば当たり前だ。

抜け殻のようになっている毛布の「ポーチーの跡形」を見つめながら、嘆いた。

だって、亡くなったんだ。もういないんだ。

かっこいいことや上手いことをいくら言おうと、この世には、もう、いないんだ。

なんで、なんで、なんで

そう考えないようにしよう!そう思っていたはずなのに、どんどんそんな思考に苛まれていく

絶対にこうは考えないぞ!と決めていた

「あの時の僕の選択は正解だったのか?」とか「そもそも闘病を選択したのは間違いだったのでは」とか

考えまくってしまっている。

だめだ、そんなんじゃ、ダメなんだ

この闘病で後悔は抱えない。

なぜなら、ポーチーに失礼だから。僕が全て勝手に決めて、勝手にやったことで、それにポーチーが付き合ってくれていた、苦しめてしまっていたのに、自分を責めたって何も意味はない。

自分の選んだ道が最適解なんだ!

闘病中に自分自身とした約束を、そう自分に言い聞かせながら、家中を見渡す。

「この時間はポーチーここにいたな」

「寝る時はここで寝てたな」

「ご飯の前は階段で待機してたな」

「みんなと寝るときはこの辺で」

どこを見たって僕の頭にはポーチー。

でも、僕の目には、ポーチーは映らない

うつれ!うつれ!半分透明でもなんでもいいから

頼むから

見えてくれ

またその姿を見せてくれ

一人リビングでゾンビのような声で「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」と唸っていた。

その時、異変が起きた。

リュックの様子がおかしい

????

どうした?リュック?

リュックは、階段にあまりとどまらない。

運動神経が悪いから階段が怖いのか、そんなところにいるのなら、僕や他の猫たちとくっついていたいからなのか、わからないが、階段で過ごすことは比較的少ない。

そんなリュックが、階段で佇んでいる。

一般のお家からすれば大したことはない後継なのかもしれないが、我が家的には、少し異変。

「どうした?」
声をかけるも

むし。

ええ・・・・

どうした・・・?まさか、ポーチーいないストレスで鬱になった・・・?

(ちなみに猫にも鬱はあるという研究データもあるらしい)

心配で心配で、様子を見ていると

よく見ると

一点を凝視している。

そしてその一点の先は

闘病時に僕とポーチーが一日のうち大半を過ごしてた、強制給餌やお薬タイムで使っていた場所。

リュックは、そこをただただじっと見ていた。

最初はそう思っていた。

しかし違うんだ。

そこをただ見てるんじゃない

ポーチーが、見えてるんだ

猫は霊感があって、霊が見えているとか、色々よくいう。

そんなもん信じもしないし、疑うこともない。まあ、どう思うのも自由だろ

そんな程度で思っていた。

でも

今んリュックには完全に、そこにポーチーがいるような見方だ。

呼んでも、呼ばなくても、僕が動いても無視。

ただただ今日強制給餌をしていた場所を見つめている。

そしてどこかせつなげな顔をしている。

一瞬だが、動画が撮れた。

しかしやっぱりリュックはリュック、すぐに僕の元へ来てゴロゴロゴロゴロ〜

君はそうでなきゃ。

でもやっぱり、ポーチー、見えてたんだね。

その後もリュックは・・・

ポーチーとよく僕のお仕事観察をしていたデスクで

リュックはベッドで、ポーチーは窓際によくいた。

ここで見張っててくれたよね。

ポーチーなき今、変わらず記事をここで書いていると

リュックはただただ、誰もいない窓を見ていた。

じっと。そこには誰かがいるように、ただただ、じっと、見ていた。

猫の「愛してる」のサインである、ゆっくり瞬きなんかをたまにしたりして。

僕の仕事を観察するには、不向きな向きで。窓を見ることを優先していた。

リュック

君には、見えてるんだね

ポーチーが。確かに、見えてるんだね。

その後も様子の違う猫たち

衝撃的だった。

例え愛し合っていたとして、ちゅきちゅき同士だったとして、いなくなったもんは、いなくなったもんで、見えないし感じられない、それは猫だってなんだって一緒だろ

そう思っていたのに。

リュックをはじめ、みんな、ポーチーがいるような動きがすごく多かった。

ご飯を出すと真っ先に食べ出すポーチー。そのポーチーに気を使うように、誰もご飯をすぐに食べない。

少ししたら食べ始める。それはまるでポーチーが食べてるのを待っているかのようだった。

寝る時も、ポーチーのスペースらしき空間が空いてたり

階段降りる時も、わざわざ階段のポーチースペースを除いて、じっと見たり。

そこに確かに「居る」状況じゃないと、そんな動きしないよな。

って動きばかりだ。

僕は、嬉しさ半分、そして半分、悔しかった。

自分にはポーチーを、感じられていない。

僕にはポーチーがそこにいる!とはっきり感じられる状況は、まだ、ない。

猫たちは確実にいる!とわかってるような動き。

なんだか、寂しかった。

僕だけわからないのかな・・・?そんなふうに思い込んでしまった。

でも、そんな中、猫たちが確かにポーチーを感じている時間を目の当たりにしていると

「ああ、やっぱり、ポーチー、会えてないだけで、見えてないだけで、この家にいてくれてるんだ」

そう思えるようになっていった。

少し切ないけど、でも力強い目で、一点を見つめるリュックを見て、そう思えた。

僕は感覚がみんなほど鋭くないから、ちゃんと見られないけど、みんなを通して、ポーチーを感じられてるよ

みんなの存在が、僕を正してくれたようだった。

ポーチー

やっぱり、君は、この家にいてくれてるんだね。

前も書いた通り、今は偶然会えてないだけで、目に入ってないだけで、家にいてくれてるんだ。

他の猫たちは会えてるんだ〜いいな。僕もいつか、また会いたいな。

リュック、そしてみんな、ありがとう

いつだって、僕を救ってくれるのは、猫たちなんだ。

そうだ。僕が、一番しっかりしてなきゃいけないのに、何やってんだ

すっと、心の中の曇りが晴れるように、一気に前を向けた。

次回

“いないはずのポーチー”その存在を早くも感じる出来事が・・・【スピってないよ。実話の話】

【聴く募金】闘病記を歌った曲「ずっとおにのターン」

実はポーチーが亡くなったその日に

「ずっとおにのターン」

と言うタイトルの楽曲をポーチーを膝に乗せていそいそと作りました。

Apple MusicやSpotify等、割とどこからでも聞けるようになっています。

こちらの楽曲のサブスク売り上げの一部を、猫や動物関連の施設や、研究チーム的なものに、寄付いたします。(詳細は後述)

なんとなく楽曲タイトルでお分かりの通り

この闘病記の、僕たちの物語の言うなればエンディングテーマのような楽曲です。

歌詞等はこちらから読めます。

聴いた方、是非Xとかインスタで、拡散したり感想教えてください。

僕とポーチーの思い出だもん。

楽しくなきゃね。

僕たちはいつだってスキップするように、おにごっこやパトロールをしてたんだ。

今だって、きっとみんなとお散歩してる。

ちょっと苦手なジャンルでプロらしくない拙い作りですが笑、またそれも逆にご愛嬌で。

楽曲解説や詳細はまた後日投稿しますね。

寄付について

この「ずっとおにのターン」のサブスク配信等の印税(配信の分配)の一部とそことは別の僕自身の気持ちを乗せて、保護猫団体、またはどこかの動物医療等の研究チームその他、、良さげな箇所に寄付致します。

たくさん聴いていただければたくさん寄付できるようになると思います。

“聴く募金

皆様がお金を払った分だけ寄付されるのではなく、聴いて頂くだけで寄付になります。

投げ銭をそのままどこかに、ではなく、一応副業で(とネタで言ってますが本業です笑)音楽を生業としている身として、考えうる最大のお返しかなと思い、こう言った対応にさせていただくことにしました。

一部と言っているのは、ケチとかではなく、制作料や配信手数料、諸々の税金、そしてこれは身勝手と言われてしまうかもですが、我が家の猫たちもたっっっっっっっっっっくさん頑張ったので、我が家の猫たちのために、そして猫貯金にも一部回させてください・・・

是非聴いていただけたら幸いです。

つきましては、ここに募金すると良いぞ!みたいなのがあったら是非とも!リプください。

(※印税の支払いタイミングは毎月とかではないため、随時その時々に必要な、良さげなところへ寄付して行ければいいなと思っております。)

なお申し訳ありませんが、今回は個人のクラファン等への寄付は行いませんので

「僕に私に!」と言う連絡はご遠慮いただけますと幸いです。(お金の話すると必ずきますので、、)

ここまで読んでくださって、日々応援してくださった皆様への、一応本業が音楽家である僕らしく、心のこもったお返し?になればなと。

昨日の今日ですが

現状JAHAというところから寄付かなあ?と思っております。

非力でも微力でも世の中、世の猫たちへの恩返しになればと思います。

ポーチーとの最期の時間を凝縮した楽曲、二人で、いや、みんなで作った楽曲で、少しでも世の中のためになって、ポーチーはまた世界のヒーローになるんだ〜

基本何かない限りはずっと楽曲の配信は継続しておきますので、お家の猫ちゃんたちと楽しみながら聴いて楽しんでもらえればと思います。イントロはぜひ自分のお家の家族の名前にしてください笑。

曲使って動画作ったり、自由にしてもらっていいので、楽しく聴いてくださいね。

曲がりなりにも作家として生きている僕なりの、お返しです。

「愛猫が余命20日と宣告されました」が書籍化されました

獣医師の服部幸先生監修の元、この闘病記録が書籍化されることになりました。

ここまでたくさん読んでくださった皆様にも、今一度読んでほしい。

僕の心の中全てを書いています。

抗がん剤や、闘病の過ごし方など素人である僕の知見だけでは心許ないですが、一流の獣医師様監修で、闘病についても安心してお読みいただけると思います。

そしてなんと・・・表紙のイラストは、なんとあの「はせがわゆうじ」先生。

メンツが豪華すぎる書籍

その主人公はポーチー。

僕たちが過ごしてきた、闘ってきた日々が誰かの救いになることを願って、書籍化しました。

この闘病記録、僕の考え方をブログやSNSで日々発信していく中でたくさんの方が「心が救われた」と伝えてくださりました。

この本が動物病院等へ置かれ、僕と同じ境遇になってしまった方へ少しでも多く届られればと思い、初版印税の一部を寄贈のために使うことを決めました。

僕と愛猫ポポロンの闘病の日々が、たくさんの猫ちゃん、そして飼い主様の心を救う手助けに、少しでもなれば幸いです。

書籍を院内や施設内に置いてもいいよ!という方は、書籍をお送りさせていただきますので、下記フォームからご連絡いただけますと幸いです。

是非「猫飼おうと思ってるんだよね!」と言ってる知人友人様にも、動物と暮らすことの忘れてはならない大切なこととして、この本をお勧めしてみてください。現実を知ることの大事さ、忘れてはならない事実があるんです。

きっと、僕と同じように闘病や、ペットロスで、苦しんでいて、でも、僕とは違って、ずっとずっと暗闇にいるような感覚のままの人もいると思います。

僕を真似しろ!とは言いません。

でも、愛猫との別れを経験したとしても、僕のように受け止めて僕のように過ごして僕のように落ち着いて過ごすことは、誰でもできるんです。

この本にその正解が書いてあるわけじゃない。

でも「考え方」の参考くらいには、なるかもしれない。

そんな気持ちで、作った本です。

過去にたくさん書籍出版していますが、今回ほど思いを込めて書いたものは、当たり前ですが、ありません。

この本が売れたらポーチーが蘇るとか、そんなわけでもないです。

でも、この本のおかげで、どこかの誰かが、愛猫との最期の瞬間や、闘病の過ごし方を、1mmでも有意義で、幸せな時間にしてもらうことができたなら僕とポーチーの闘いに、意味があったのだと、そう思える気がします。

僕らの大切な記録が誰かの役に立ちますように。

世界の猫が、世界の猫と暮らす人々が、もっと幸せでありますように。