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闘病生活の跡。ひと段落と同時に心に襲いかかる現実。猫マスターの心【ペットロスに苦しむあなたへVol.9】 

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「同居猫が亡くなって、残された猫が食欲不振になった」

以前そんな話を聞いていたから、ポーチーがいなくなってしまった我が家の、残された猫たちが心配だった。

が、想像の何倍も、いつも通りで、そこまで、大きな変化がるようには見えなかった。

一安心・・・していいのかな・・・

そのくらい、普通の日常が、戻ってきた。

ソラの舐め壊しなど気になる部分はもちろんあるが、ご飯はしっかり食べるし行動の変化も特にない。

しかし、毛繕いが異様に多いというのは、精神面に何かある証拠ではあるので、ちゃんと見ておこうと思う。

異変は、ない。

変化も、ない。

意外と、ただただ元通りの生活、、

いや、”ポーチーがなかなか見つからないいつも通りの”生活が始まった。

心根では、ポーチーがいないのは、もちろんわかってるし、それも理解しようとしている。僕は、強くあらねば。みんなのために。

ポーチーは家にいるけど、偶然今は見つからないだけなんだ!

そんなふうに思おう、そんな自分もいる

でも、いないのも、理解はしている

そんな葛藤の日々が始まる

そう思っていたが・・・

やっぱり、ポーチーはここにいる

闘病、通院、投薬、強制給餌、終活、いろいろなものが当たり前にあった約5ヶ月

朝起きて1時間かけて強制給餌をしてお薬をあげて様子を見て病院、帰宅したらトイレするまで見張ってトイレしそうになったらケージに運んで・・・

ケージで寝たのを確認したらお仕事して、またお薬して、また強制給餌して、寝るまで見張って、、、常にポーチーのことで頭いっぱいで、常に何かやることがあって

そんな毎日の繰り返しから一変

何も、ない。

みんなでリビングで寝転んだマットレスを片付け

どこでもいつでも飲めるように!と、必要以上に設置していた給水機を洗い、片付け

あ、ちなみにこの半分のサイズの給水機がすごく助かりました。

場所を取らず、ケージでも使えて、洗いやすく、水の面積が小さいので、目が見えなくなってしまったり、体の自由が効かなくなってからも水没のリスクが低くて、大変助かっていました。

壁に寄せれるので、省スペースにもなります。

抗がん剤初日、被曝を避けるために設置した、ケージも片付けて

一階にも2階にもケージ置いてたので、そちらも片付け・・・

・・・と、ちなみにこのケージもめっちゃおすすめでした・・・。

抗がん剤でトイレを分けたい、でも、ケージにトイレ入れると狭くなっちゃうし、もしトイレからはみ出して横に飛んだりしたら意味ないのでは、、、

と不安だったのですが、トイレが仕切られていて、抜群の安心感でした。創りも屈強で良い。

ハンモックついてたり、色々至れり尽くせり。これがなかったら闘病もっと大変だったな、と思いました。

専用で設置していたトイレを片付けたり、買い過ぎたおやつを片付けたり・・・

ああ、こんなに、色々買ったり引っ張り出したりやってたんだなあ。と遠い昔のことのように思い返しながら、一つ一つ片付けるが、たった数ヶ月の出来事なんだ。

本当に、一日一日、全てを思い出せる。

全てが片付いた部屋は、とんでも無く広く感じて

でもポーチーのいないお家はとんでも無く狭く感じて

闘病前の空間に戻った部屋を見て、ここで初めて、

ポーチーが、いないんだ。

と、我に帰ったようだった。

広いけど狭いけど広いけど狭い。

そして何より

猫圧が発動しない

ポーチーがいないと、猫圧が発動しない。やっぱり先陣きって隊を率いてくれてたんだね。

ポーチーがいない、でも家には他に、4匹の猫がいる。

動物愛のない人からすれば、1匹減っただけで、あんまり変化ないくらいに思う人もいるかもしれない。

でも、ただ数字で表す-1じゃないんだ。みんなで過ごした日々は、みんながいなければ成り立たなくて、いないからそこだけボコッと抜け落ちるとかじゃなくて

一緒に過ごしたみんなとの日々自体が、失われてしまったんだ。

”ポーチーがいない”

それを痛感するようで、一気に心が引き裂かれそうになった。

虚無

とはこのことを言うのだろうか。

人はよく

心にぽっかり穴が空いたようだ

的な表現をよくするが、自分が自分でないような、そんな錯覚に陥るほど浮いたような感覚になっていた。

色々考えたさ色々思ってるさ

自分を守るために「どこかにいるんだ〜」

そう思おうとしてる。

でもね

どこを見たって

いないもんは、いないんだ

忙しなくあたふたバタバタ動いた闘病生活。それは

「深く考える時間を与えない」状況だった。

だからこの5ヶ月は意外と冷静に、やることに集中できたり、焦らず病状を判断したり、できたんだと、思う

しかし、闘病を終え、火葬まで終えた今、

「深く考える時間」が生まれてしまった

その途端、冷静にこの現状を見返したら

心のざわざわが止まらなくなってしまった。

このままだと、心が終わりそうだとそう思うくらいに、心がざわついた

先日の記事でも書いた通り、自分の思考をコントロールしようとした

「きっと今は毛布に隠れてるんだ」

「きっと今はおもちゃのトンネルに隠れてるんだ」

「きっと・・・きっと・・・」

色々な思考で、逃げようと、落ち着けようとしてるけど

だめだよ

いないんだ

ここには

もう

いないんだ

そう思ったら涙が止まらなくなってしまった

あああああ、ポーチー

どこにいるの

なんで膝にいないの

ジャンプを見せてよ

なんで、

次回

でもやっぱり、ポーチーはここにいる。猫たちには、見えている。救ってくれるのは、やっぱり猫たちなんだ

【聴く募金】闘病記を歌った曲「ずっとおにのターン」

実はポーチーが亡くなったその日に

「ずっとおにのターン」

と言うタイトルの楽曲をポーチーを膝に乗せていそいそと作りました。

Apple MusicやSpotify等、割とどこからでも聞けるようになっています。

こちらの楽曲のサブスク売り上げの一部を、猫や動物関連の施設や、研究チーム的なものに、寄付いたします。(詳細は後述)

なんとなく楽曲タイトルでお分かりの通り

闘病記の、僕たちの物語の言うなればエンディングテーマのような楽曲です。

歌詞等はこちらから読めます。

聴いた方、是非Xとかインスタで、拡散したり感想教えてください。

僕とポーチーの思い出だもん。

楽しくなきゃね。

僕たちはいつだってスキップするように、おにごっこやパトロールをしてたんだ。

今だって、きっとみんなとお散歩してる。

ちょっと苦手なジャンルでプロらしくない拙い作りですが笑、またそれも逆にご愛嬌で。

楽曲解説や詳細はまた後日投稿しますね。

寄付について

この「ずっとおにのターン」のサブスク配信等の印税(配信の分配)の一部とそことは別の僕自身の気持ちを乗せて、保護猫団体、またはどこかの動物医療等の研究チームその他、、良さげな箇所に寄付致します。

たくさん聴いていただければたくさん寄付できるようになると思います。

“聴く募金

皆様がお金を払った分だけ寄付されるのではなく、聴いて頂くだけで寄付になります。

投げ銭をそのままどこかに、ではなく、一応副業で(とネタで言ってますが本業です笑)音楽を生業としている身として、考えうる最大のお返しかなと思い、こう言った対応にさせていただくことにしました。

一部と言っているのは、ケチとかではなく、制作料や配信手数料、諸々の税金、そしてこれは身勝手と言われてしまうかもですが、我が家の猫たちもたっっっっっっっっっっくさん頑張ったので、我が家の猫たちのために、そして猫貯金にも一部回させてください・・・

是非聴いていただけたら幸いです。

つきましては、ここに募金すると良いぞ!みたいなのがあったら是非とも!リプください。

(※印税の支払いタイミングは毎月とかではないため、随時その時々に必要な、良さげなところへ寄付して行ければいいなと思っております。)

なお申し訳ありませんが、今回は個人のクラファン等への寄付は行いませんので

「僕に私に!」と言う連絡はご遠慮いただけますと幸いです。(お金の話すると必ずきますので、、)

ここまで読んでくださって、日々応援してくださった皆様への、一応本業が音楽家である僕らしく、心のこもったお返し?になればなと。

昨日の今日ですが

現状JAHAというところから寄付かなあ?と思っております。

非力でも微力でも世の中、世の猫たちへの恩返しになればと思います。

「愛猫が余命20日と宣告されました」が書籍化されました

獣医師の服部幸先生監修の元、この闘病記録が書籍化されることになりました。

ここまでたくさん読んでくださった皆様にも、今一度読んでほしい。

僕の心の中全てを書いています。

抗がん剤や、闘病の過ごし方など素人である僕の知見だけでは心許ないですが、一流の獣医師様監修で、闘病についても安心してお読みいただけると思います。

そしてなんと・・・表紙のイラストは、なんとあの「はせがわゆうじ」先生。

メンツが豪華すぎる書籍

その主人公はポーチー。

僕たちが過ごしてきた、闘ってきた日々が誰かの救いになることを願って、書籍化しました。

この闘病記録、僕の考え方をブログやSNSで日々発信していく中でたくさんの方が「心が救われた」と伝えてくださりました。

この本が動物病院等へ置かれ、僕と同じ境遇になってしまった方へ少しでも多く届られればと思い、初版印税の一部を寄贈のために使うことを決めました。

僕と愛猫ポポロンの闘病の日々が、たくさんの猫ちゃん、そして飼い主様の心を救う手助けに、少しでもなれば幸いです。

書籍を院内や施設内に置いてもいいよ!という方は、書籍をお送りさせていただきますので、下記フォームからご連絡いただけますと幸いです。

是非「猫飼おうと思ってるんだよね!」と言ってる知人友人様にも、動物と暮らすことの忘れてはならない大切なこととして、この本をお勧めしてみてください。現実を知ることの大事さ、忘れてはならない事実があるんです。

きっと、僕と同じように闘病や、ペットロスで、苦しんでいて、でも、僕とは違って、ずっとずっと暗闇にいるような感覚のままの人もいると思います。

僕を真似しろ!とは言いません。

でも、愛猫との別れを経験したとしても、僕のように受け止めて僕のように過ごして僕のように落ち着いて過ごすことは、誰でもできるんです。

この本にその正解が書いてあるわけじゃない。

でも「考え方」の参考くらいには、なるかもしれない。

そんな気持ちで、作った本です。

過去にたくさん書籍出版していますが、今回ほど思いを込めて書いたものは、当たり前ですが、ありません。

この本が売れたらポーチーが蘇るとか、そんなわけでもないです。

でも、この本のおかげで、どこかの誰かが、愛猫との最期の瞬間や、闘病の過ごし方を、1mmでも有意義で、幸せな時間にしてもらうことができたなら僕とポーチーの闘いに、意味があったのだと、そう思える気がします。

僕らの大切な記録が誰かの役に立ちますように。

世界の猫が、世界の猫と暮らす人々が、もっと幸せでありますように。