きっと
きっと、最期のおやすみを、伝えた。
このおやすみに深い意味はない。ただ、毎晩の日課だから、そう伝えた。
でも、きっと、このおやすみが、最後になる気がした。
それと同時に
最後で、いいんだよ
と、そう思えている自分がいた。
ポーチーと同じ布団で眠る
体温低めな僕と、暖かいような、そうでもないような、でもきっと暖かいポーチーの体と、チャームポイントである長すぎる美しい尻尾を触りながら、眠りについた。
最期のおにごっこ
深く眠れるわけなんてなかった。
風の音、黒い彗星の音、ちょっとした音があれば、飛び起きて、ポーチーの心臓に触れた。
「動いてる」
それが「よかった」なのかなんなのか、その感情は、もうよくわからない。
でも、まだ、ここにポーチーがいてくれている、そんな安心感で突然強い眠気に襲われた。
そして・・・・
AM 06:35
ポーチーが、突如苦しむような仕草を見せる。
この数日どんなに小さい物音でも、ポポロンの方角から音が鳴ると飛び起きる習性が身ついていたので、瞬時に飛び起きる僕。
この生活になってからは最近おしっこやうんちをしようとするとき、おむつ生活ではあるが、鳴いたり、動こうとして、教えてくれる。
しかしそれとは明らかに違う動きと鳴き方。
ああ、きっと、その時が、きたんだ。
毎日毎日一緒に過ごしてきて、ポポロンのことならなんでもわかる。
分かりたくないなあ。こんなこと。
そう思いながら
苦しそうなポポロンを抱きしめ
そう呪文のように伝え続けた。
「僕の腕の中で、安らかに」
闘病が始まって、覚悟を決めた時、僕は「僕の腕の中で、安らかに」をとにかく切に願っていた。
全人類がそう願うだろう。
愛する家族の旅立ちの瞬間、最期の一瞬まで、くっついていたいよね。
僕と目が合い、ニコッと笑ったような顔で、苦しむこともなく、スッと、最期を迎えてほしい。
ここまで、かなり感動的な展開をたくさんしてくれてきたんだ。最後も、きっと。
そんなふうに思ってしまっていた。
しかし、脳、喉、内臓に生まれたリンパ腫の最後。その現実はそんなに甘いものではなかった。
AM 07:07
発作のような症状が始まり手が激しく痙攣しだす。
聞いたことのないほど低く、大きな声で鳴き出し、瞬間で察知した。「その時が来た」と。その突然の現実に、思わず手が震える。
野良猫の喧嘩や発情で大声を聞いたことはあるだろうか?あれの3倍以上の音量、体感だった。
「爆音」そのものだ。
どうしよう、どうしよう、あれだけ覚悟を決めていたはずなのに、うろたえ慌てふためく自分が情けなかった。
「苦しまないようにしてあげたい」「どうやって?」
いや、もう、これは、旅立つための準備なんだ、ただひたすらたに抱きしめてあげたい。
漫画のようにかっこいいキメ顔で「もう頑張るな!!」そう言いながら抱きしめて、その瞬間に安心して、スッと息を引き取ってほしい
・・・そう思っていたのに、全力で苦しみに抗うポポロンのパワーは凄まじいものだった。
お前5日飯食ってなくて脳みそに腫瘍あるのになんでそんなパワーあんねん!
と一瞬全力のツッコミを入れつつも、恐怖に震えていた。
数分おきに力み、軽度の痙攣を繰り返し、
10分程度たったあとだろうか。
ついに動きがなくなった。
必死に暴れるポポロンを支えていた手で心臓の鼓動を確認すると。
・・・・・・・
動いている。
もう、願ってはいけない、思ってはいけないのに
「生きてる・・・!まだ生きてる、よかった」
そう思ってしまった。
また変な希望を見てしまった。
僕がそう思うのは、ポポロンを苦しめるだけなのに。
そう思っちゃ、ダメなのに
そう思ってしまった。
ポポロンの心臓に当てた手には
トッ・・・トッ・・・・トッ・・・・
BPM(テンポ)で言えば50くらいだろうか。
一般的な猫の心拍から言えば半分以下程度の弱々しい鼓動が伝わっている。
心の中で罪悪感が喚き散らかし出した
ああ、最後まで何もしてあげられなかった。
リンパ腫も倒せなかった。
苦しみを和らげることすらできなかった。
最低な飼い主だ。守るのが僕の仕事なのに。ポポロンから山ほど幸せもらったのに、恩も返せなかった。
負の感情に支配され、全身が痺れて、動悸がおかしい、目が周り、嘔吐しそうだ。
違う!!!こんなことを考えている場合じゃない、ポーチー!ポーチーに、触りたい!!!
泣きながら既に力の抜けたポポロンの体を抱きしめた。
悲しくなるから、
ポポロン自身が諦められなくなるから、
別れが寂しいものにならないように、
最後の言葉で「ごめん」は言わない!と決めていた。
「ありがとう」「大好きだよ」「ちゅきちゅき」
最期は前向きな言葉で埋め尽くしてあげたい。
幸せな気持ちで逝ってほしい。
そうやって、決めていた。
はずなのに
激しい痙攣や発作を見て
思わず出た僕の第一声は
だった。
すると、それを聞いたポポロンが
「スウゥウウゥ・・・」
と、大きな一息、5秒程度大きく大きく息を吸った。
長年共に暮らしても、聞いたこともないくらいの大きな呼吸。
そんなに息が吸えるのか!?というくらいの、呼吸。
それを見た僕はまたも・・・
「蘇った!??!」
要らぬ希望を抱いてしまった。
だめだろ!やめろ!だめだダメだ!!!!!
何回やるんだ!ポーチーを、苦しめるな!!自分!!
そう思っているのに、
不思議なもので、突然希望感に支配され、喉のリンパ腫、なくなってるんじゃ!?と喉に触れ確認するなどした。
もちろんなくなっているわけなどない。
何度もいう、この闘病記は、ノンフィクションだ。感動展開で、突然完治など、ありえないんだ。
しかし・・・・
直後にフィクションを凌駕する出来事が
ポーチー特有の、独特の中域の立った声、でもため息混じりのような声、でも、わかる、これは、今のポーチーの、全力の声。
大好きで愛おしくて仕方ない、ずっとずっとずっとずっとずっと聴きたかった10年間毎日聴いていたあの声。
猫圧で「早く撫でてよ!!!」と焦ったくなってる時の、あの声。
僕の思う、最も平穏を表す声で、ポポロンが鳴いた。
「最期の力」「最期の気力」ってやつなのか・・・?
「おいいいい!ごめんじゃね〜〜〜だろ〜〜!」
と言われたんだ。
と。
そうだよね。約束したじゃんね。
全く、雑魚すぎだよね。僕は。
こんな時にまで猫に面倒を見てもらう僕はとことん雑魚である。
最期の発作が始まってからも僕の腕枕からは離れないでいてくれたポポロン。
その愛しい愛しい肉球、ポー、にそっと手を重ね、ポーチーに負けないくらいの深呼吸をして・・・
「ありがとう!大好きだよ!ちゅきちゅきのちゅきちゅき!ポポロンと暮らせて最高に幸せだ!また、すぐに会いにこい!おにごっこ!今世はポーチーの勝ちでいい!!!でも!次は必ず!!!僕が捕まえに行く!!!!!!ずっとおにのターンで待ってる!!必ず捕まえに行く!!!いや!会いにこい!いや!来なかったらこっちからあいにい行く!絶対に一緒に!またみんなで!暮らそう!ポーチー!!!!らぶ!!ポチポチポーチー!(甲高い裏声かつ早口)」
と伝えた。
普段話しかける時は甲高い裏声なので出来る限り裏声を意識したが泣きながらすぎてゲボ吐きそうな声になっていたのは秘密だが・・・
その瞬間

おじさんの甲高い裏声を聞いたポポロンが、
「それを待ってたぜ」
と言わんばかりに
もう、動かない全身の力を、手に全集中させて
重ねた僕の手を、ギュッと一握りしてくれた。

まったく、、ドラマみたいじゃねえか。
最高の猫だよ。君は。
最後の一息を、僕のお説教に使わせちゃったね・・・。
もう、声は出せない、鳴けない、その代わりに、僕の重ねた手を握り返してくれた。
脳の麻痺があって、手足はもう、動かなかったはずのに。
ギターを弾く僕の膝に乗り足を揉んでくれてた、あの手だ。
ああ、やっぱり、これ、幸せだ
最後まで、恩をくれるだけくれて、結局僕は恩を返しきれないんかーーい
そこから数秒間、いや、実は数分間あったのかな。

ポポロンの手を握り、心臓の音を聞いていた。
最後まで頑張るポポロンの生きた証。
その鼓動を、しっかり刻み込みたい。
本当にゆっくり、ゆっくり、そして小さくなって行く鼓動は、ポポロンが遠くに行ってしまう、それを表すかのようだった。
マジで、おにごっこで、追いつけなくて、遠くに行ってしまう、あの感覚だ。
くそー。おにごっこ、強すぎだろーポーチー。
本当は言いたいんです
「戻ってこい」「まだ行かないで」
でも、もう、言わない。
「また、会おう」
だよね。
AM 07:27
ポポロンが永眠しました。
その瞬間時計を見て、びっくりした。
不思議なことに、僕が毎朝起きているアラームの時間だ。
つまり毎朝、みんなが僕を叩き起こしにくる時間。
やっぱり、最期まで猫圧してくれるんだね。
“当たり前”を最後まで、くれた。憎いやつだぜ。ポーチー。男前すぎる。
5日間も飲まず食わずでよく頑張った。
偉すぎる。強すぎる。カッコ良すぎる可愛すぎる。
僕なんて一日チョコ食べないだけで翌日アルフォートのファミリーパック爆食いしちゃうのにさ。
やっぱりイケメンは根性が違うよな。
毎日毎日、リビングをパトロールしてくれて、平和を維持してくれてたり、本当に強い子だ。
「安らかに僕の腕の中で、眠るように」
という夢は叶うことはなかった。
人生で間違いなく最高に辛い辛い数分間だった。
でも、
ポーチーと過ごした時間の中で、毎日更新されていく幸せな日々の、最終章として、最高に、幸せな日だった。
そう、胸を張っていえる。
結果的には
「最期のセリフを間違えて猫にバチギレされる飼い主」
というなんとも情けない飼い主の話になってしまったが
それもまた、僕たちっぽい。
まだ暖かいポポロン。
今のうちにたくさん触らせてね。
噂によると、まだ、耳聞こえてるんだよね。(諸説あり)
ギター、急いで聴かせるからね。
下手だけど、沢山弾くよ。
猫の「最期」
死ぬ瞬間。別れの瞬間。
どうやって、終わるのか。どんな最期なのか。
それは症状や状況によって大きく変わるだろう
しかしその瞬間に居合わせた、その瞬間を腕の中で迎えることができた。
それはきっといいこと、だろう。
思っていたものではなかったかもしれない。
安らかじゃないし、本当に恐怖で体が震えたし。
辛くない?わけねーだろ!笑
ずーっとゲボ吐きそうだし、目眩もする。辛いに決まってる
でも、一緒に過ごした時間の本当の意味での”当たり前”と、最期を、一緒に過ごせた。
我が家の愛猫ポポロンの最期、
いや
ポポロンとの10年間は、こうしてひと段落しました。
ふた段落目は、いつになるんだろう。
どうせまた会えるからな〜。早く会いたいな。
どこで会えるかな。それは夢でもいい、どこでもいい
ポポロン、もう、会いたいよ。
ポポロン。
愛してる。
これからもずーーーっと、愛してる。
これからもずーーーーーーーっと家族だよ。
僕に何があろうと、ポポロンとみんなは家族で、離れるなんてことはないからね。
僕らも笑顔で過ごすから、ポポロンも笑顔でまた会いにきて。
来なかったらおにごっことして必ず捕まえにいくからな!!!
ポーチー!!!!
また、会おう
お礼

ここまで長い長い長い期間、僕とポーチー、そして我が家の家族を見守ってくださりありがとうございます。
数え切れないほどたくさんの温かいメッセージや励ましの言葉に毎日助けられていました。
投げ銭メッセージ内で、僕以上に苦しんでくださってる方もいたり、同じ時期に同じ病に侵されてしまった方もいたり、色んな声が僕の元に届いていました。
皆様の支え無くして、この闘病記、いや、ポーチーとの闘病は乗り切れなかったのではないかなと、僕は思います。
僕にとって、これでポーチーとの思い出が終わるわけではないし、なんならこれから先立って、きっと新しい思い出も作れちゃうんだと、そう思って過ごしています。
実はこの記事を書いている未来では、ちょっとしたポーチーサプライズなんかもあったりして、なかなかに楽しく過ごしています。
愛猫の旅立ちなど、記録は続きます
この後、闘病語のお話や、闘病中の猫たちのお話
そして、ペットロスにまつわる心のこと、大事なお話も、記事で書けたらいいなと思っています。
僕が、記事をここまで書き切れた理由や、他の猫たちのその後、火葬を終え自宅に戻った後のポーチー、その後の僕の心境の変化や、感情
全て、残せるだけ残していこうと思っています。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
僕と同じように、下手したらそれ以上に、ないてくださり、ありがとうございます。
ポーチーは、本当に我が家に来た直後からブログで登場しているので、初期から読んでくださっている方は本当に家族のように感じてくださってる方も多いかと思います。
よく「こんな家住んでるやつがボロアパート暮らしなわけねえだろ」「借金とか嘘」
とか色々言われますが、僕たちの暮らしは10年以上、ブログに書き続けているんですよ。
この記事、本当に10年前。部屋の狭さが垣間見える当時の記事たち。
ポーチーが家族になってくれて、ポーチーが運動神経良すぎて走り出すと0.1秒で壁にぶつかって、高さもないから、ドアの上に乗っちゃって。
それで「おにごっこできなくね!??!」となって、音楽本気で頑張ってさ
マンション買って、家まで建てれたんだよ。ポーチーが運動音痴だったらきっとまだ狭い家だったかな笑。
皆様の愛、ポーチー、めっちゃ喜んでると思います。
ポーチー!可愛い〜!と空に向かって、叫んであげてくださいね。
本当に、本当に、ありがとうございます。
今後について
ずっとこの最後の人記事が投稿できずにいました。が、これで僕の気持ちにも一区切り。
ここからはどんどん、記事書いていきます。
実は火葬もまた少し特殊な状況で行いました。
理解されない可能性あるかも・・・・。。
そして最期の瞬間のみんなや、その後、そしてそこから数日、数週間経った家の様子も、きちんとお伝えしていきます。
あ、あと先生とのその後もあります。
“先生でよかった”本当にそう思えるメッセージがありました。
僕自身の心が救われたセリフがたくさんあって笑。
実はこのブログに隠された秘密も、その言葉を守っているからこそ。
それを皆様にもお伝えしたいです。
何億回でも言います。
改めて、この闘病記をお読みいただきありがとうございました。
閲覧数も述べ数千万PVを超え、たくさんの方に届いたことを嬉しく思いますし、この闘病記がきっかけで、闘病の心構えができた、いいお別れができた、というメッセージをたくさんいただいていて、本当に書いてよかった、と心から思えます。
そしてとっても大事な。
たくさんの投げ銭メッセージ、ありがとうございました

「出版社様や関連企業にお見舞い品を大量に送られてしまうと関係者様にご迷惑がかかってしまうので、、」
という理由で儲けた投げ銭。以前闘病があった際に色々と大変なことが多かったためわがまま言わせていただきました。
皆様からの暖かく優しく寄り添うような、まるで一家族のようなメッセージの数々。
本当に心が助けられました。正直描いているだけで相当辛い日も多かったのですが、メッセージを読ませていただくたび、クスリと笑ってしまったり、改めて頑張ろうと思える日々でした。
本当にありがとうございました。
肝心の投げ銭についてなのですが「お前金持ってるんだから寄付しろよ」と言う勢いのいい怖い意見も多かったのですが、
結論
投げ銭は寄付はしません。
これは皆様からのポーチーへのお気持ちだと思っています。
それを寄付するというのは、なんか違うなあ、、と。。
ただ
「なんだよ最低だな」と読み終えないでください。
ちゃんと理由があります。
この闘病記。まだ終わりじゃないんです。
「ずっとおにのターン」

実はポーチーが亡くなったその日に
「ずっとおにのターン」
と言うタイトルの楽曲をポーチーを膝に乗せていそいそと作りました。
なんとびっくり
その楽曲、配信開始しております。
Apple MusicやSpotify等、割とどこからでも聞けるようになっています。
こちらの楽曲のサブスク売り上げの一部を、猫や動物関連の施設や、研究チーム的なものに、寄付いたします。(詳細は後述)
なんとなく楽曲タイトルでお分かりの通り
この闘病記の、僕たちの物語の言うなればエンディングテーマのような楽曲です。
歌詞等はこちらから読めます。
聴く前にぜひ、闘病記を思い出し、記憶を巡らせ、こんな曲だろうか?と想像してください。妄想してください。
さぞ泣ける曲でしょう、さぞ、感動系の曲?しっとりバラードの泣きメロ?
いろいろ想像しながら再生ボタンを押してみてください。
きっと、イントロからびっくりします。
だって
僕とポーチーの思い出だもん。
楽しくなきゃね。
僕たちはいつだってスキップするように、おにごっこやパトロールをしてたんだ。
今だって、きっとみんなとお散歩してる。
ちょっと苦手なジャンルでプロらしくない拙い作りですが笑、またそれも逆にご愛嬌で。
楽曲解説や詳細はまた後日投稿しますね。
寄付について
この「ずっとおにのターン」のサブスク配信等の印税(配信の分配)の一部とそことは別の僕自身の気持ちを乗せて、保護猫団体、またはどこかの動物医療等の研究チームその他、、良さげな箇所に寄付致します。
たくさん聴いていただければたくさん寄付できるようになると思います。
“聴く募金“
皆様がお金を払った分だけ寄付されるのではなく、聴いて頂くだけで寄付になります。
投げ銭をそのままどこかに、ではなく、一応副業で(とネタで言ってますが本業です笑)音楽を生業としている身として、考えうる最大のお返しかなと思い、こう言った対応にさせていただくことにしました。
一部と言っているのは、ケチとかではなく、制作料や配信手数料、諸々の税金、そしてこれは身勝手と言われてしまうかもですが、我が家の猫たちもたっっっっっっっっっっくさん頑張ったので、我が家の猫たちのために、そして猫貯金にも一部回させてください・・・
是非聴いていただけたら幸いです。
つきましては、ここに募金すると良いぞ!みたいなのがあったら是非とも!リプください。
(※印税の支払いタイミングは毎月とかではないため、随時その時々に必要な、良さげなところへ寄付して行ければいいなと思っております。)
なお申し訳ありませんが、今回は個人のクラファン等への寄付は行いませんので
「僕に私に!」と言う連絡はご遠慮いただけますと幸いです。(お金の話すると必ずきますので、、)
ここまで読んでくださって、日々応援してくださった皆様への、一応本業が音楽家である僕らしく、心のこもったお返し?になればなと。
非力でも微力でも世の中、世の猫たちへの恩返しになればと思います。
ポーチーとの最期の時間を凝縮した楽曲、二人で、いや、みんなで作った楽曲で、少しでも世の中のためになって、ポーチーはまた世界のヒーローになるんだ〜
基本何かない限りはずっと楽曲の配信は継続しておきますので、お家の猫ちゃんたちと楽しみながら聴いて楽しんでもらえればと思います。イントロはぜひ自分のお家の家族の名前にしてください笑。
曲使って動画作ったり、自由にしてもらっていいので、楽しく聴いてくださいね。
曲がりなりにも作家として生きている僕なりの、お返しです。
本当に、本当に
ありがとうございました。
これからも
リュック、ソラ、ニック、ピーボ
そして
ポポロン!
を、どうぞよろしくお願いします。
みんなで、家族なんです!愛してるぜ!みんな!!!
ありがとう、ポーチー
出会ってくれて
幸せにしてくれて
たくさんの人を幸せにしてくれて
そしてここから、きっと、たくさんの人を、救うんだよ
ありがとう
ちゅきちゅきだよ
次に会うそのときまで「ずっとおにのターン」で待ってる
響介
【おまけ?】未来のお手紙
闘病が始まった時に
「治療がうまく行ったポーチーの未来」
「治療がうまくいかなかったポーチーの未来」
両方のポーチー当てに手紙を書き、実際にたどり着いてしまった方の手紙を公開すると言う約束をしていたのを覚えていますでしょうか?
それを公開します。
もちろん、後者のお手紙。
だいぶアホっぽいですし内容も未来とは?みたいな感じで意味わからなくなってます笑、が、僕が闘病を乗り越えられた一つの気持ちの作り方の一つでした。
もしお時間あれば、読んでやってください。
恥ずかしい〜〜
そしてそして、何度も告知して申し訳ありませんが・・・
「愛猫が余命20日と宣告されました」が書籍化されました

獣医師の服部幸先生監修の元、この闘病記録が書籍化されることになりました。
ここまでたくさん読んでくださった皆様にも、今一度読んでほしい。
僕の心の中全てを書いています。
抗がん剤や、闘病の過ごし方など素人である僕の知見だけでは心許ないですが、一流の獣医師様監修で、闘病についても安心してお読みいただけると思います。
そしてなんと・・・表紙のイラストは、なんとあの「はせがわゆうじ」先生。
メンツが豪華すぎる書籍
その主人公はポーチー。
僕たちが過ごしてきた、闘ってきた日々が誰かの救いになることを願って、書籍化しました。
この闘病記録、僕の考え方をブログやSNSで日々発信していく中でたくさんの方が「心が救われた」と伝えてくださりました。
この本が動物病院等へ置かれ、僕と同じ境遇になってしまった方へ少しでも多く届られればと思い、初版印税の一部を寄贈のために使うことを決めました。
僕と愛猫ポポロンの闘病の日々が、たくさんの猫ちゃん、そして飼い主様の心を救う手助けに、少しでもなれば幸いです。
書籍を院内や施設内に置いてもいいよ!という方は、書籍をお送りさせていただきますので、下記フォームからご連絡いただけますと幸いです。
是非「猫飼おうと思ってるんだよね!」と言ってる知人友人様にも、動物と暮らすことの忘れてはならない大切なこととして、この本をお勧めしてみてください。現実を知ることの大事さ、忘れてはならない事実があるんです。
きっと、僕と同じように闘病や、ペットロスで、苦しんでいて、でも、僕とは違って、ずっとずっと暗闇にいるような感覚のままの人もいると思います。
僕を真似しろ!とは言いません。
でも、愛猫との別れを経験したとしても、僕のように受け止めて僕のように過ごして僕のように落ち着いて過ごすことは、誰でもできるんです。
この本にその正解が書いてあるわけじゃない。
でも「考え方」の参考くらいには、なるかもしれない。
そんな気持ちで、作った本です。
過去にたくさん書籍出版していますが、今回ほど思いを込めて書いたものは、当たり前ですが、ありません。
この本が売れたらポーチーが蘇るとか、そんなわけでもないです。
でも、この本のおかげで、どこかの誰かが、愛猫との最期の瞬間や、闘病の過ごし方を、1mmでも有意義で、幸せな時間にしてもらうことができたなら僕とポーチーの闘いに、意味があったのだと、そう思える気がします。
僕らの大切な記録が誰かの役に立ちますように。
世界の猫が、世界の猫と暮らす人々が、もっと幸せでありますように。
ポーチーが亡くなってしまうその瞬間我が家で起きていた事実
とんでもないことが起きていました。
「僕らのその後」について、記事にしていくために書いているので是非読んでください。
















