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愛猫の死を動物病院の先生に伝えた。先生からの言葉に救われた【ペットロスに苦しむあなたへVol.12】 

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闘病を終え、火葬を終え

日常・・・にすぐには戻れないが、元に戻るために、必死に努力をした。

いない現実と、それでもどこかにいるんだ、という希望と、いろんな感情を持ちながら、過ごした。

リュックや他の猫には、ポーチーが見えているような、そんな気さえした。

そんな中で、僕自身にも、なんだか不思議な現象が起きたりした。

最初は「時間が解決してくれるのかな」とか思ていたけれど

なんやかんや、きっとお互いの存在を感じながら受け止めてその中で笑える日が来て、気がつけばみんなで、歩んでいくんだろうな。とか思うほどに、ゆったり過ごしている。

寂しい思いは、もちろん変わらないけどね。

いろいろバタバタとしすぎて、とってもとっても大事なことを忘れていた。

先生に言ってない

この闘病で最も頑張ってくれたと言ってもいいくらい、協力的に献身的に、まっすぐ、家族のことのように考えてくれて、ポーチーとの生活を「余命20日」から4ヶ月半まで、伸ばしてくれた

先生に

まだ亡くなったことを伝えていない。

すっかり忘れていた。

申し訳ないことをした。

数日が経ってしまったが、先生には、伝えなければ。

お礼のご挨拶ようにお菓子を買って、病院へ向かった。

なんていうかな。先生。なんて思うかな。

怒られたり、、するかな

でも優しい先生だからな、ひたすら話聞いてくれるのかな

看護師さんたちはどう思うののかな

いろんなことを考えているとすぐに到着してしまった。

車からおり、受付へ向かう

ペットキャリーを持たず、大層なお菓子を持って院内に入る僕をみて看護師さんがすぐに気がついたのか

「少し、お待ちくださいね。」

何も聞かずに、先生の元へ走った。

やっぱり、いい病院だなあ。

この一瞬ですらそう思えた。

少しだけ並んでる子達(患者さん)がいて、その子たちの後に案内されるので、椅子に座って待つことにした。

この椅子に、何回座ったっけ。

毎週2〜3回以上来てたから・・・。50〜100回くらいはこの数ヶ月で座ってるなあ。

毎日毎日、ポーチーを膝に乗せて、待ってた椅子。

ここにも、ポーチーの残り香があるような気さえして、椅子を撫でるなどしていて非常に怖いおじさんである。

あの時はポーチーの重みを感じていたはずなのに

今は軽いお菓子の袋を抱えている。

このお菓子、ポーチーに進化しないかな、とか意味わからんこと考えながら。

しばらく経つと、名前を呼ばれた。

「先生に死を伝える」

この行為は火葬を超える、本当の意味での「闘病の終わり」だと僕は思っている。

火葬より遥かに緊張する。

どう、伝えよう?どう、話そう

何も考えないまま結局診察室に入った。

昔から緊張しいな僕は、緊張が極度になると、笑ってしまう癖があるのだが

入るや否や

響介
響介
せんせい。ポーチー。死んじゃいました

あろうことか、笑顔で、そう伝えてしまった。

でも、この笑顔は、緊張を隠すためでもあるが、なんだか、先生に「伝えられた」という安堵も含まっていた気がするし、それを伝えられることで、僕の中の何かおもりのようなものがスッとなくなったような感じもあった。

これで、本当に本当に、闘病が終わった

普段は猫と入る診察室。一人で入るのは、違和感がある。

看護師さんたちも、壁に沿って並んでいて、こちらを見ているような見ていないような、異様な空気感だ。

ポーチーのことを伝えると、一人、ぎゅっと涙を堪えている看護師の方がいた。

そんなになるくらい、愛してもらって、嬉しい。

僕からの話を受けた先生は

先生
先生
最期は、一緒に過ごせたみたいですね。どんな様子でしたか?

なぜ、先生が、僕が最期を一緒に過ごせたかを知っているのか・・・?

まさかカメラを・・・?!!

と一瞬そう思ったが、思い返してみれば

抗がん剤をやめる、闘病をやめる決断は勝手にして、先生に伝えていない

相当イカれている。相当よろしくない。

だめですよ。皆様は真似したら。

でも、これ以上の抗がん剤はもう苦しめるだけだと悟った。

だから、もうストレスを与えて家から出すんじゃなく、1秒でも長くみんなで過ごしたい、そう思って、連絡もなしに、終活へと移行した。(無論、前回の病院時にこの抗がん剤が効かなければ終活を検討した方がいい的な話があった上でだが)

この時は日々に集中していたから違和感がなかったが

冷静に考えれば治療中、通院中の猫ちゃんが連絡もなく病院へ来なくなるなんて、ありえないだろう。

その可能性があるとしたら・・・突然容体が悪化し亡くなったということくらい。

しかし、先生はおそらく、僕とポーチーの容体、諸々の状況を鑑みて理解したんだ

「響介さんは、終活を選んだんだろう。そんな状況で横槍を入れる必要はない」

と。

だから突然通院がなくなっても、電話の一つもしてこなかったのだ。

「抗がん剤の日ですよ〜?」とか、そう言った電話も、状況の確認も、してこなかった。

「そっとしておく」

という、僕らにとって最大の「治療」を、してくれていた。

僕は、そう思えた。

終活を選んだ理由から、最後のたった数時間を、ドラマの感想を伝えるように、必死に伝えた。

そんな僕に先生はこういった

先生
先生
そうですか…。辛いですよね。でも、幸せでしたよ。ポポロンくん
響介
響介
ありがとうございます…。先生のおかげでなんとか頑張れました。
先生
先生
本当に響介さん、いろいろなことを考えて必死で、全力で、本気で、素晴らしいです。ここまで頑張ったんですから、自分は責めてはダメですよ。
響介
響介
はい、、、、、、、、、、、、

明るくにこやかに話してはいるつもりだが、やはり普段ほど言葉が出てこない。

それでも、伝えるべきは、全て伝えた。

ここからは、僕ら次第。僕次第なんだ。

そう思っていると

先生が続けて口を開いた。

僕はこの一言に、人生を救われることになった。

先生
先生
…ゆっくり。ゆっくりですよ。

闘病中も泣かないと決めたし、何より基本的に人といる時は涙を流さない、泣かないようにしてたのだが

止まらなかった。涙

ニッコニコの笑顔、ニッコニコの表情で、泣いていた。

先生の言葉の深いところ、真意はわからないが

「今は無理。誰でも凹む。誰でも辛い。だから焦らず、ゆっくり受けてめていこう」というメッセージだったはずだ。

僕はこの「ゆっくり」のおかげで、この闘病記事を公開する決意をしたんだ。

「ゆっくり」自分と向き合って、ポーチーに向き合って、心のざわめきを落ち着かせるんじゃなく、許容してあげようと。

こうして、闘病生活を

メモ帳に書いて

未来記事を先に書いて

そして本編を書いて

と何度も何度もこの闘病を繰り返して。

ゆっくり、ゆっくり、自分に、現実を伝えた。

いや、そりゃさ

そんな程度のことしたってさ

「もうめちゃ元気だわ」

とはいかんのよ。

まだまだお骨見て泣くし、病む。

朝起きて、お腹ダイブの危険を感知して腹筋に力入れちゃうのだって、まだやっちゃう。

でも、ここから先の未来の日常は違う。

ポーチーがいないことは受け止めて、それでもなんかごく稀に

「階段から降りてきたり!?」

「毛布の中にいたりして!」

と期待する日もある笑

そんな時は、「いないんだ」と絶望したっていい。そういう日は、泣く日。

ただそれだけ。

ゆっくり、ゆっくり、自分の中の心の居場所とポーチーの居場所と、いろんなことを、一歩ずつ、ゆっくり、適当に、決めていこう

だから今はただ

ただただ

ゆっくり

次回

火葬から数日たったある日。猫マスター僕に悪い変化が起きてしまった

【聴く募金】闘病記を歌った曲「ずっとおにのターン」

実はポーチーが亡くなったその日に

「ずっとおにのターン」

と言うタイトルの楽曲をポーチーを膝に乗せていそいそと作りました。

Apple MusicやSpotify等、割とどこからでも聞けるようになっています。

こちらの楽曲のサブスク売り上げの一部を、猫や動物関連の施設や、研究チーム的なものに、寄付いたします。(詳細は後述)

なんとなく楽曲タイトルでお分かりの通り

この闘病記の、僕たちの物語の言うなればエンディングテーマのような楽曲です。

歌詞等はこちらから読めます。

聴いた方、是非Xとかインスタで、拡散したり感想教えてください。

僕とポーチーの思い出だもん。

楽しくなきゃね。

僕たちはいつだってスキップするように、おにごっこやパトロールをしてたんだ。

今だって、きっとみんなとお散歩してる。

ちょっと苦手なジャンルでプロらしくない拙い作りですが笑、またそれも逆にご愛嬌で。

楽曲解説や詳細はまた後日投稿しますね。

寄付について

この「ずっとおにのターン」のサブスク配信等の印税(配信の分配)の一部とそことは別の僕自身の気持ちを乗せて、保護猫団体、またはどこかの動物医療等の研究チームその他、、良さげな箇所に寄付致します。

たくさん聴いていただければたくさん寄付できるようになると思います。

“聴く募金

皆様がお金を払った分だけ寄付されるのではなく、聴いて頂くだけで寄付になります。

投げ銭をそのままどこかに、ではなく、一応副業で(とネタで言ってますが本業です笑)音楽を生業としている身として、考えうる最大のお返しかなと思い、こう言った対応にさせていただくことにしました。

一部と言っているのは、ケチとかではなく、制作料や配信手数料、諸々の税金、そしてこれは身勝手と言われてしまうかもですが、我が家の猫たちもたっっっっっっっっっっくさん頑張ったので、我が家の猫たちのために、そして猫貯金にも一部回させてください・・・

是非聴いていただけたら幸いです。

つきましては、ここに募金すると良いぞ!みたいなのがあったら是非とも!リプください。

(※印税の支払いタイミングは毎月とかではないため、随時その時々に必要な、良さげなところへ寄付して行ければいいなと思っております。)

なお申し訳ありませんが、今回は個人のクラファン等への寄付は行いませんので

「僕に私に!」と言う連絡はご遠慮いただけますと幸いです。(お金の話すると必ずきますので、、)

ここまで読んでくださって、日々応援してくださった皆様への、一応本業が音楽家である僕らしく、心のこもったお返し?になればなと。

昨日の今日ですが

現状JAHAというところから寄付かなあ?と思っております。

非力でも微力でも世の中、世の猫たちへの恩返しになればと思います。

ポーチーとの最期の時間を凝縮した楽曲、二人で、いや、みんなで作った楽曲で、少しでも世の中のためになって、ポーチーはまた世界のヒーローになるんだ〜

基本何かない限りはずっと楽曲の配信は継続しておきますので、お家の猫ちゃんたちと楽しみながら聴いて楽しんでもらえればと思います。イントロはぜひ自分のお家の家族の名前にしてください笑。

曲使って動画作ったり、自由にしてもらっていいので、楽しく聴いてくださいね。

曲がりなりにも作家として生きている僕なりの、お返しです。

「愛猫が余命20日と宣告されました」が書籍化されました

獣医師の服部幸先生監修の元、この闘病記録が書籍化されることになりました。

ここまでたくさん読んでくださった皆様にも、今一度読んでほしい。

僕の心の中全てを書いています。

抗がん剤や、闘病の過ごし方など素人である僕の知見だけでは心許ないですが、一流の獣医師様監修で、闘病についても安心してお読みいただけると思います。

そしてなんと・・・表紙のイラストは、なんとあの「はせがわゆうじ」先生。

メンツが豪華すぎる書籍

その主人公はポーチー。

僕たちが過ごしてきた、闘ってきた日々が誰かの救いになることを願って、書籍化しました。

この闘病記録、僕の考え方をブログやSNSで日々発信していく中でたくさんの方が「心が救われた」と伝えてくださりました。

この本が動物病院等へ置かれ、僕と同じ境遇になってしまった方へ少しでも多く届られればと思い、初版印税の一部を寄贈のために使うことを決めました。

僕と愛猫ポポロンの闘病の日々が、たくさんの猫ちゃん、そして飼い主様の心を救う手助けに、少しでもなれば幸いです。

書籍を院内や施設内に置いてもいいよ!という方は、書籍をお送りさせていただきますので、下記フォームからご連絡いただけますと幸いです。

是非「猫飼おうと思ってるんだよね!」と言ってる知人友人様にも、動物と暮らすことの忘れてはならない大切なこととして、この本をお勧めしてみてください。現実を知ることの大事さ、忘れてはならない事実があるんです。

きっと、僕と同じように闘病や、ペットロスで、苦しんでいて、でも、僕とは違って、ずっとずっと暗闇にいるような感覚のままの人もいると思います。

僕を真似しろ!とは言いません。

でも、愛猫との別れを経験したとしても、僕のように受け止めて僕のように過ごして僕のように落ち着いて過ごすことは、誰でもできるんです。

この本にその正解が書いてあるわけじゃない。

でも「考え方」の参考くらいには、なるかもしれない。

そんな気持ちで、作った本です。

過去にたくさん書籍出版していますが、今回ほど思いを込めて書いたものは、当たり前ですが、ありません。

この本が売れたらポーチーが蘇るとか、そんなわけでもないです。

でも、この本のおかげで、どこかの誰かが、愛猫との最期の瞬間や、闘病の過ごし方を、1mmでも有意義で、幸せな時間にしてもらうことができたなら僕とポーチーの闘いに、意味があったのだと、そう思える気がします。

僕らの大切な記録が誰かの役に立ちますように。

世界の猫が、世界の猫と暮らす人々が、もっと幸せでありますように。