お別れをした猫に、会える日
皆さんこんにちは。
お盆ですね。
僕は正直、お盆というものについて、ものすごく詳しいわけではありません。笑。
でも勝手な解釈をするなら、
大事な人と、また会える日。
大事な家族を、もう一度強く想える日。
そんな素敵な期間なのかな、と思っています。
我が家では、ポポロンという大切な愛猫との別れを経験しました。
僕は今でも毎日
「ポポロンに会いたいな」と思いながら生きています。
お盆になってポポロンのことを考える

もちろん、もう会えないということはわかっています。
それでも、たまに。
階段から足音が聞こえたような気がしたり。
昔寝ていた場所から、
「あれ、ポポロンの匂いがする」
と思ったり。
毛布の中がモゾモゾして、
自分から入っておいて「あちー!」と、出てきていたポポロンが、またそこにいるような気がしたり。
今いる4匹の猫たちが、なぜか一匹分だけ空間を空けて寝ているように見えることもあります。

お盆じゃなくても、ポポロンの存在を感じる瞬間は意外とたくさんあります。
そのたびに、少しほっこりして。
同時に、少し寂しくなります。
だから僕にとってのお盆は、
天国にいる子たちが家に帰ってきて
「いるよ」
と、ちょっとだけ存在をアピールしてくれる。
そんな期間だったらいいな、と思っています。(というかそうなのか笑)
今のところ、今年のお盆に「これは絶対ポポロンだ!」みたいな出来事は起きていません。
でもきっと、皆さんのお家にも、大切な家族が帰ってきて。
ほんの少しの時間、一緒に過ごしているのかもしれません。
実際に存在を感じられるとかそうじゃないとか、そんなことじゃなくて、気持ちとして、いつでも帰ってきていいんだよ〜という気持ちで過ごせるってのが大事ですよね。
みんなが揃っていた、あの頃の毎日

僕は、ポポロンがいた頃の生活が本当に大好きで、とっても大事な時間で
いや、ポポロンだけじゃない。
ポポロンを含めた、”みんな”が揃っていたあの頃の生活
あの時間が、本当に、本当に幸せでした。
もう一度あの頃に戻れたらいいのになあ。
いや、もちろん今残された4匹との生活は、またとてもかけがえのない大切な時間で、それはもちろん幸せ。
でも、毎日思います。
朝起きても。
仕事をしていても。
夜になっても。
お風呂に入っていても。
どこかでずっと「あの日に戻りたいなあ」
そう思っています。
一日中、好きな場所を巡っていたポポロン

ポポロンが元気だった頃は、春夏秋冬なんて関係なく、一日中一緒でした。
昼間になると、リビングをものすごくゆっくり、30分くらいかけてぐるぐる歩いて。
疲れたら窓辺で寝る。
暑くなったら二階へ行く。
二階に飽きたら毛布に入る。
毛布に入ったと思ったら、すぐ暑くなって出てくる。
テレビの上に行ったり。
三階に行ったり。
ソファーで寝たり。
夕方になって少し気温が下がると、みんなでソファーのコーナー部分にギュッと集まって寝ていました。
仕事が終わると始まった「猫圧」

そして僕の仕事がひと段落すると、
猫圧が始まります。
みんなが僕のところに、わーっと集まってくる。
「遊ぼうよ」なのか、
「ごはんだぜ」なのか、
何を言っているのかは結局のところわかりませんでしたが、
なんとなく感覚でわかる気でいました。
とにかくみんなで集まってくる。
そんな毎日
幸せの連続でした
もちろん、何度でも言います、今一緒に暮らしている4匹との生活も、幸せいっぱいです。
毎日楽しい!!!みんな大好き!
ただ、ポポロンがいなくなってから、
あの頃みたいな「猫圧」はなくなりました。
それだけは、やっぱり寂しいなあ。
とはいえ、みんなも一歳、二歳と年齢を重ねて、少しずつ寝ている時間、ゆっくりしてるが増えてきました。
だからもしかしたら、
ポポロンがまだまだ元気でこの家にいたとしても、猫圧はだんだんなくなっていたのかもしれません。
猫たちには、今もポポロンが見えているのかな

残された猫たちも、きっとポポロンに会いたいと思っている。
……いや。
もしかしたら。
僕には見えないだけで、
猫たちは毎日ポポロンに会えているんじゃないか。
そんなことを思うときもあります。
猫は霊感あるらしいですからね。(科学的には人間には聞こえない周波数が聞こえるおかげで検知ができている説、みたいなのもあるらしいですよ)
僕たち人間には見えないだけで、
普通に一緒に寝たり、
普通にすれ違ったり、
僕が寝ている間にこっそり猫圧していたり。

そうだったらいいなあ。
僕は今でも、ポポロンが膝に乗ってきたときの感覚を覚えています。
僕の膝のお皿のあたりを、ずーっとモミモミしていました。
あの感覚が忘れられません。
だから座っていると、ときどき膝がモゾモゾするような気がする。
「あ、ポポロンかな」
そんな気さえします。
「なんでポポロンなんだ」と、今でも思う

それでもやっぱり思います。
どうしてポポロンだったんだろう。
なんでこの子なんだ。
今でも思います。
でもきっと、ポポロンじゃなくて他の誰かだったとしても、
僕は同じように、
「なんでこの子なんだ」
と思ったはずです。
だから、誰だったらよかったなんてことは絶対にない。
わが家の子じゃなければよかった、なんてことでもない。
そんなことはわかっている。
それでも。
「なんでポポロンなんだよ」
って、やっぱり思ってしまいます。
闘病生活の記憶は、今でも全部残っている

ポポロンの闘病生活のことは、今でも一日たりとも忘れていません。
最初にリンパ腫の診断をされた日のことから、最後の日まで。
たぶん僕は、その期間の出来事を全部、ゼロから順番に喋れてしまうと思います。
それくらい記憶が濃い。
受け入れたつもりで、全然受け入れられていなかった
闘病生活の前半は、
自分では「受け入れたつもり」になっていました。
でも本当は、全然受け入れられていなかったんだと思います。
苦しい時間が多かった。
「ああ……」
と、何もできなくなるような時間もたくさんありました。
最後の一週間は、悲しいのに幸せだった

一日一日、日が経つにつれて、少しずつ覚悟が決まって。
特に最後の一週間弱。
あの時間は、不思議なくらい幸せでした。
もちろん、もうすぐ別れが来ることはわかっている。
悲しくないわけがない。
それなのに・・・
ポポロンとずっと一緒にいられて、
ずっと触っていられて、
ずっと話しかけられて。
本当に幸せな時間だった・
最後の最後まで手をつないで、
僕の腕の中で眠ってくれました。

本当に親孝行で。
本当にいい子でした。
最後の時間があったから、今の僕がいるんだと思う
もし、あの時間がもっと短かったら。
もし、あんなふうに一緒に過ごせなかったら。
僕は今頃どうなっていたんだろう。
そんなことを考えることもあります。
生まれ変わりではなく、ポポロンはポポロン
僕は以前セカンドブログにも書きましたが、
「亡くなった子の生まれ変わりが、また自分のところに来てくれる」
という考え方を、僕自身はあまりしたくありません。
例え、
ポポロンとまったく同じ柄で。
同じくらいの大きさで。
似たような声で、性格までそっくりな猫が現れたとしても。
その子は、ポポロンではないんだ
新しく生まれてきた、また別の大切な命
もちろん、いつか何かの巡り合わせで、何かきっかけやタイミングがあれば新しい家族を迎えるということは、ゼロではないのかもしれない
でもその子を、
「ポポロンが帰ってきた」
とは僕は思わないと思います。
ポポロンはポポロンだから。
たった一匹しかいないから。
僕はたぶん、
「現世で、もう一度ポポロンに会うことはないんだ」
というところまで、自分の中で落とし込んできたんだと思います。
だからこそ、お盆くらいは。
夢でもいい。
足音だけでもいい。
匂いでもいい。
毛布が少し動くだけでもいい。
ほんの一瞬
「あ、ポポロンいるな」
と思える時間があったら。
それだけですごく幸せだと思います。
お盆は、大切な家族を想うきっかけになる

お盆だからといって、僕は特別なことをしているわけではありません。
立派な儀式的なことも何もしていません。
チュールを置いているくらいです。笑。
そもそも僕自身、お盆やこう言った行事について詳しいわけでもありません。ちゃんとしてない人間です・・・。
でも、
「この時期には、大切な家族が帰ってくるんだ」
と考えるきっかけが一年に一度ある。
それだけでも、すごくいい文化だなと思います。
ポポロンは、今どこにいるのかな

この記事を書きながら、僕は部屋の中を歩いています。
ポポロン、今どこにいるのかな。
冷蔵庫の裏かな。
ソファーの下かな。
ベッドの下かな。
毛布の中かな。
僕は心がどうしても辛くなったとき、こう考えるようにしてる
ベッドの下を見て、
いない。
「さっきまでベッドの下にいたけど、僕が来たからソファーの裏に行っちゃったんだな」
ソファーの裏を見る。
いない。
「さっきまでここにいたけど、また僕が来たから階段の下に行っちゃったのかな」
階段の下を見る。
いない。
「じゃあ三階の隅っこかな」
そうやって。
家の中にはいるんだけど、偶然まだ会えていないだけ。
そんなふうに考えてます。
いつか
視界の端に尻尾だけピョンと見えたり。
階段を上がっていく足音が聞こえたり。
そんなことがあるのかもしれないな、と思いながら生きています。
僕が見ていないところで、
ポポロンも楽しい時間を過ごしていてくれたらいい。
みんなで遊んで。
僕が寝ている間でもいいから、
こっそり猫圧をしていてくれたら嬉しい。
ポポロン。
大好きだよ。
愛してるよ。
これからも、たくさん会いに来て
夢でも、ここでも、どこでもいいよ
また会いたいな。
そんな、お盆の一日の、ブログでした。
セカンドブログでは、ペットロス真っ只中の恥ずかしい感情や考え方なんかをいろいろ書いてますので、よかったらぜひ覗いてみてください。
ポーチーを思う日をもっとゆっくり過ごしたいのに、働き詰めな日々、少しゆっくりさせてくれ〜〜〜涙。
がんばろ
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全て目を通させて頂いています。
温かいメッセージいつもありがとうございます。












