抗がん剤治療2日が経っても、何一つ変わることはなく、ご飯も食べなければ、お水も飲まない。

家族と過ごそうとすることもなく父親の書斎の机の裏に隠れてしまって出てこない。

ただただ、朝病院に行って、夕方に帰ってきて、その後はずっと隠れて。

そんな時間を過ごしていた。

そんな状況で1日が経ち、また1日が経ち、1週間で効果がなかったら、諦めるしかないと言われていた、1週間のリミットが来てしまった。

意外と効いているのか、見た感じのまま、効いていないのか。

こればっかりは、検査してみないとわからなかった。

しかし、リンパ腫のクソ野郎には、「意外と」なんてものは通用しなかった

たった一回で、抗がん剤をやめることになった

抗がん剤を打った後何日経とうとも、食欲がなく、水も飲めない。

栄養の点滴などを受けるために、病院にも一日おきくらいで通っていた。

そしてここでもまた、父親に変化があった。

病院には一緒に行く。

でも、診察室には入ろうとせず、車で待っている。

しかし父親の気持ちは痛いほどわかる。

おそらく先生から最悪な言葉をかけられる可能性が常にある状況で、それを目の前で受け入れられる自信がなかったのかもしれない。

僕から見た父親はすごく心が強くて、ザ・九州男児といった感じなんでね。

自分の両親のお葬式でも涙は見せず「笑って見送るくらいがいい!」と冗談を飛ばし続けられるような人だ。

簡単にへこたれるような人ではない。

でもやっぱり、自分の心を整理するための時間だったり、愛が故なのか、過ごし方を自分なりに考えてのことなんだと思う。

そうこうしているうちに、抗がん剤から1週間が経ち、血液検査と抗がん剤の効き目がわかる日が、きてしまった。

母親が診察室に入り、話を聞いた。

結果は・・・

腫瘍は小さくなっていない。

少しも、小さくなっていない。

体調を鑑みるに、おそらく転移もしている。

そしてこの状況で食べられていない時点で、良くなる見込みはほとんどない。

リンパ腫は自然治癒は絶対にしない。もう、余命はわずかです。奇跡でもない限り。

そう、割とはっきりと言われてしまったらしい。

ただ前述の通り、母親はある程度それを理解していて、覚悟もしていた。

身体に限界がくるまで無理やり抗がん剤を強行突破するか、抗がん剤をやめるか、その2択しかなかった。

抗がん剤を選んでいたり、他の手段を段階的に試すような余裕は、もうなかった。

診察後に母親から僕へLINEが来た。

「やっぱり抗がん剤は効いてないみたい。もう、可哀想だから、抗がん剤を続けるのはやめるよ」

たった一回の抗がん剤だった

たった一回で、抗がん剤治療を断念、中止することになってしまった。

ポポロンは10回以上。すんぴは1回

ポポロンはなんとびっくり、10回以上抗がん剤を打った。

僕のエゴで、ありとあらゆる抗がん剤を試した。

ーこれは効いた。

ーこれはちょっと効いた。

ーこれは全然効かない。

ーこれは副作用が強い。

ーこれは何にもないけど何にも効かない。

ーーいろんなことを調べて、先生と相談しながら、一つ一つ最善策を見つけるためにポーチーを頑張らせてしまった。

僕のブログでも何度も書いているように、飼い主が選んだ選択しか正解はないと思っている。

だから自分が選んだ道は、常に最善で、最適解だったと今でも思っている。

でもやっぱり心のどこかで、

僕のせいで少し苦しめる時間が伸びてしまったかな。

そう思うことも、なくはない。

でも、そう思うのは、ポーチーに失礼なんだって、そう思って、前を向いて、最適解なんだと、言い聞かせてる。

1回だけ抗がん剤を打って中止の意味

先生の判断もあるし、両親の判断もある。

これ以上やっても苦しめるだけなんじゃないか。

そう考えての選択だった。

いや、それ以上に、今体の状況的に「他の抗がん剤を試す時間すら、ない」という判断だった。

先生からの提案の仕方は、本当にポポロンの闘病後半と似ていた。

リンパ腫というのは、

抗がん剤をやめるのであれば、積極的にできる治療はもうほとんどない。

ステロイドなどを使う選択肢はあるけれど、それもおそらく大きな効果は期待できない。

転移もあり、すでに症状として出ているものもある。

もう「できることがない」という覚悟でいた方がいい。

そんな話だったらしい。

治療をやめても、点滴だけは続けることに

とはいえ、腫瘍が見つかって、手術の前から含めればもう一週間近く、ほとんど食べられていないすんぴを、のうのうと見ていられるわけもない。

両親だって余命だなんだ言われたって、100%覚悟が決まっているわけではない。

「治療はやめるけど、水が飲めないから点滴には来ていいですか」

両親はそうお願いした。先生も、それでいいと思うと。

それは本当に両親の優しさでしかなくて、きっと喉が渇いたり、お腹が減ったりしたらすんぴがかわいそうだから、少しでもすんぴが苦しくないようにと思って点滴を選んだんだと思う。

それも正しいと思う。

結果的に、抗がん剤治療は中断。

それはつまり

「もう、できることはない」

これが、たった、たった1週間の出来事だ。

ポーチーの闘病で体験した、この地獄。

WAGAYANONEKO

「成す術がない」ほど、あの手この手で僕らの未来を阻むんだ。

リンパ腫が、にくい。

僕も実家にすぐに帰って、すんぴと会った

僕も思わず実家に帰り、すんぴの様子を見させてもらった。

前はテーブルの下にいたけれど、暗いクローゼットの陰にいたり、やはり体調が悪いから暗い場所にこもっていた。

ポポロンの時もそうだった。

でもすんぴは特に、父親の書斎のデスクの奥がお気に入りで、外に出してもすぐそこへ逃げてしまうようだった。

ちゅーるだったり、鰹節だったり、いろんなご飯を出しても、もう食べる気配もない。

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鰹節だけは少し食べたみたい。

本能的な感じなのかな。食べれるって、奇跡だよね。

「もうダメなんだ」
「かわいそう」
「痩せてきちゃった」

母親からマイナスな言葉がたくさん出てくる。

でも、この状況で一番気になるのは、結局・・・

すんぴがあとどれくらい生きていられるのか。

あとどれくらい一緒に過ごせるのかだ。

両親とも、それがすごく不安なようだった。当たり前だ。

それはもちろん僕も、ポポロンで経験した。

今日なのか。

今なのか。

明日なのか。

一週間後なのか。

意外と一ヶ月後なのか。

何もわからない。

あと何日なのかも、その時がいつ来るのかもわからない生活は、本当に胸が痛い。

点滴をする時間と、家族と過ごす時間

僕はポポロンとの闘病で聞いた話や、当時自分なりに考えていたことを親に伝えた。

食べられなくなった時に、体が最期に向かう準備を始める中で、苦痛を和らげるような状態になることがある、という話を当時聞いたこと。

そのあたりは、過去のポポロンの闘病記事も転載しようと思う。

もちろん、点滴を続けたからといってリンパ腫そのものが良くなるわけではない。

その時点での点滴は、少なくとも両親にとっては「喉が渇いてかわいそう」「少しでも楽にしてあげたい」というためのものだった。

皮下点滴でチャチャッと30分程度で終わるようなものではなく、朝一で病院へ行って、夕方に帰ってくる。

抗がん剤をやめてからも、2日か3日ほどそれを続けていた。

でも冷静に考えると、残り何日、何週間しか一緒にいられないかもしれないすんぴとの時間を、病院に預けることで半日以上失ってしまう。

すんぴに残された大事な時間の半日以上を、一緒に過ごせない。

果たして本当にそれでいいのか。

両親の脳裏にも、そんなことがよぎったみたいだった。

母親からLINEが届いた。

「点滴って続けるべきなのかな」

僕はあくまで「こうしろ」とは言わなかった。

ただ、

「僕なら、もう点滴はやめるかな」

と伝えた。

それは、自分の経験から出てきた、自分が思う、最適解だった。

抗おうとする、抗いたくなる、それが当たり前だ。

でもそれは「可能性が0.001でもある場合」

すんぴの現状、居場所を、常にポポロンの闘病に置き換えて考えるようにしていた。

今ポーチーでいうところの抗がん剤2回目くらいの感じかな

抗がん剤が効かなくて泣き喚いたあの日くらいかな。

と。

そう考えるようにすれば、親に無理強いすることや、ネットの人みたいに余計なことを言って飼い主を傷つけるようなことはしないで済むんじゃないか。

そう思っていた。

そして

その考え方で、現状を例えるなら、今のすんぴの居場所は

終活だった。

次回

すんぴの人生と最善

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