すんぴの余命が1ヶ月以内と宣告されました。
お腹に腫瘍が見つかり、即手術となったすんぴ。
無事手術は終わり、食欲こそ回復し切らなかったが、無事退院することに。
通院で点滴をしながら投薬をしながら、病理検査の結果を待つことになった。
2日に一回、点滴を打ちに行く。朝イチで行って、夕方に迎え位に行く。
大切なすんぴとの時間が大幅に減ってしまうようで、なんとなく気がひけるような思いなのだが、明るい未来のためにも仕方ない。
そう思って、両親は一所懸命、通院をしていた。
依然食欲は戻らない
しかしながら、食欲が戻ることはなかった。
一口の半分程度をちょこっと食べて、すぐにどこかへ行ってしまう。
水すらほとんど口にしないようで、みているだけで不安になる。
手術の後だから、というには、おかしいほどの食欲だ。
戦犯となる腫瘍がとれたのであれば、傷が癒えれば食欲は復活してもいいはず。
にもかかわらず、手術前と変わらない。
点滴がなければ生きていけないくらいの食欲。そりゃ通院するしかない・・・。
そんな不安の中で待つこと一週間。
食欲もまともに戻らないなか、検査結果がとどいた。
検査結果は。
大細胞性リンパ腫
信じられない
ポポロンと、一緒だ。まったく、いっしょだ
母親からの連絡は診断書と共に
「最悪でした」
とだけ。来ていた。

僕も経験したからわかる
「最悪」
以外の何者でもない
最悪でしかないんだ。
それは気分もそう。そして結果も、これからも、本猫も
全部全員、最悪だ。
全ての意味がここに込められている
そこから母のラインは立て続けにとどいた

まっっっっっっっっっっっっっっったくいっしょだ。
ポポロンと。
このブログでも、書籍でも書いた。
ポーチーは「余命20日程度」と言われた
だから、僕はこの闘病を経験している。
だから、両親の気持ちは僕が最も手に取るようにわかった。
僕は自分のポポロンとの闘病生活を「最高に幸せな時間だった」と自負している。
特に、闘病をやめてからの数日間「終活期」は本当に今思い出しても幸せで幸せで。
最高の時間だった。
自分でも間違いはなかったんだ!!!と言い切っているし、そう思ってる。
それなのに、親にどう声をかけていいかわからなかった
「大丈夫」なんて言えない「抗がん剤しよう!」なんて言えない「抗がん剤はやるな!」なんて言えない、でも放置なんてできない。
正直僕が終活期で幸せな生活を送れたのは「闘病を経たから」だと思う。
だから「抗がん剤なんてやらないで自然に任せるべし!」なんて、無責任は言えないし
「抗がん剤してから考えよう!」なんて、そんな無責任も言えない。
猫のことならなんでも響介に!となんでも聞かれてたし、なんでも答えてた。
そんな僕が「あ、あ、ま、え、あ、ああ、」と単語ひとつも出なくなってしまっていた。
経験したからこその葛藤

強制給餌をして、嫌がるポポロンを追いかけて、無理やりご飯をあげて、吐いちゃって、それを泣きながら拭いて、また時間が来たら薬をあげて、それでも生きてて欲しくて、それでも抗えなくて、毎日どころか、毎分悪化する腫瘍。
すごく嫌な「最悪」な時間だった。
今から両親がその道へ歩みを進める可能性があるのかと思うと、吐き気がした。
でも
すんぴには生きてて欲しい

それは僕より、両親がそう思っているに違いない。
僕は自分自身が闘病を経験した上で、他人に言えることが一つだけある
「自分で決めた道は全てが最善で最適解」
これだけは、間違いない。抗がん剤否定派の人もいる。肯定派もいる。
僕はその全てを否定しない。自分たちが決めて歩んだ道で、何が起きようと、自分を責めないように、それが、最も大切なんだよ、と。
書籍ないにもそんなコラムを書いたが、その言葉に救われたとたくさんのDMをいただく。
それを両親にも伝えた。
「僕はポポロンとこういう闘病をした。でもすんぴがどの道(闘病)を選ぶかはお母さんたちが決めてあげて。それの上で、何が起きても、何があっても、それ以上も以下もなくて、すんぴにとって、その選択をしてあげたこと自体が、たいせつなことで、すんぴにも伝わると思うよ」
と。
両親は深く頷いて、治療方針を先生ともう一度相談する。と病院へ向かった。
先生的には抗がん剤は『微妙』
状態を考えると、すでに食欲がなくて、手術後、明らかに元気がないことを考えるとこの状態で抗がん剤を打った場合、1回2回耐えれたとしてもプロトコールを完了できるまで(詳しくはこちらのブログにあります)身体がもたない。とのことだった。
ただ、ポポロンの時に身に染みていたが、、
抗がん剤は、まじで個体差がある。
一気に効いて一気に腫瘍がなくなり体調が良くなり普通に行けちゃう子も普通にいる。
僕のお世話になっている先生のところでは余命1ヶ月程度の予定でいたのに7年経っても再発がない子もいるらしい。
逆に全く効かず相性も悪く最後までやれない子もいる。
それも薬ごとに相性もある。
本当に「やってみないとわからない」
のだ。
ポポロンは明らかに反応がある薬と、明らかに体調が悪くなる薬が分かれていた。
その様子も全てブログにはしているが・・・。
ここから取れる選択は二つ
- 抗がん剤はせずこのまま余命まで過ごす
- 抗がん剤が効くか試してみて効くなら続行、効かないなら①。
ポポロンもほぼそうだったが、ポポロンよりも、選択肢が少ない。
ポポロンは抗がん剤を選んだり、プロトコールを選んだり、もちろん時間はなかったが、色々な選択肢を一つ一つ潰して行った。
この差は発見の速さとかではなく、出た場所もあるだろう。
消化器系のリンパ腫の場合うんちが出ないとか食べれないが速攻で現れるので危険なのだ。(ポポロンはスタートは腎臓から始まって、転移して行った。)
そして、先生曰く、病理でこれだけはっきり出ているのであれば、もうおそらく転移もしてきているのでやるならすぐやらないなら、へたすれば
数日の命を覚悟してください。と言う感じだった。
ただ母親はぼくがポポロンの抗がん剤で大変な生活をしていたのを知っていたので、抗がん剤にも乗り気にはなれなかったのだろう
悩みあぐねていると
こう言う時に味方になってくれるのが、獣医師さん。
「一度だけ、試してみて、効果があったら、にしてみましょうか。」
その提案をしてくれたおかげで、両親は一歩進めたんだ。
ありがとうございます。
その後先生からとんでもない投げかけがあったらしい。
先生「すみません・・・聞いてもいいですか・・・?」
母「はい・・・・?」
先生「『すんぴ』ってどう言う意味・・・?」
母「あ・・・息子がつけたので・・・アホの子なので意味はないと思います・・・」
先生「・・・・」
母「・・・・」
先生「・・・では抗がん剤・・・試してみますか。」
と言うやりとりをしたらしい笑。母よなんかすまん笑。。。
こうして、ポポロンに続き、すんぴまでもがリンパ腫の餌食に
大細胞性リンパ腫の闘病を、歩むこととなった。
何億回も言ったけど、また言おう
リンパ腫のクソ野郎。てめえだけはマジで許さねえマジで嫌いマジでうざい、ほんとにこの怒りはやり場がない
僕らの大切な命を、うばわないで
すんぴ、すんぴがきてから僕の実家は笑顔で溢れかえって幸せいっぱいなんだ

まだ、もう少し、いや、できればたくさん、両親のためにも、生きて。
またみんなで、猫じゃらし大会、しよう
諦めるんじゃない。抗がん剤が効いて、寛解して復活する未来も。あるかもしれない。
次回
抗がん剤投与の結果と「最悪」
僕の元へ転送をお願いしたりなど企業様へご迷惑をおかけしてしまうことを避けるために直接の応援や感想は、下記投げ銭リンクからのみでお願いできますと幸いです・・・!
全て目を通させて頂いています。
温かいメッセージいつもありがとうございます。













